Monthly Archives: 7月 2014

女刑事と、頭に「女」がつくのは音道貴子は怒るだろうと思う『風の墓碑銘』

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音道&滝沢コンビ復活!

働く女性など珍しくもない世の中になったとはいえ、どこの会社にもどの世代にも女性蔑視の男性はまだまだいるし、本人は全く意識していなくても、やはり自分は女性なのだと周りから認識させられる場面は社会人を長くやっているといくらでもある。

貴子の場合は、警察という特殊な環境にあるから、特に苦労が多いんだろうが、貴子自身もバツイチだからか、少し身構えすぎな部分もなくはない。そんなに肩に力を入れなくても、と思う場面も多々あるが、しかし、その不器用な人間くささがこの小説の魅力の一つだ。

人間くささが乃南作品の魅力だと思う

登場人物がみな日常の、他人にとっては些細でとるに足らないような様々な悩みを抱えながらも日々一所懸命に生きている姿はリアリティがあり、その”人間くささ”の描写が素晴らしい。

これこそが乃南作品の真骨頂であり、事件は作品の中の一つのスパイスに過ぎない、という気すらしてくる。

今回の事件は、取り壊された古い家屋の床下から発見された古い人骨と、その家の持ち主だった痴呆老人殺しがどう絡んでいくかが見所だが、久々に滝沢刑事とのコンビ復活が何よりの楽しみだ。

滝沢刑事は警察に女だとお???ぐらいな頭の固さがありながら、心のどこかで貴子を認めている。

2人の出会いは『凍える牙 (新潮文庫)』だが(直木賞受賞作品ですよ。)、最初は反発し合いながらもだんだんと”同士”のようになっていく。

とはいっても、普通のフィクションのように「仲良しコンビ誕生」とならないところがいい。

簡単に打ち解けたりしないのが”リアリティ”

というのも、貴子と滝沢のコンビのよさは、”打ち解けていない”所だと思っている。そこがリアリティがあっていい。
初対面から反目し合っていた二人が、その後何度か接点があったとしても、そうそう仲良くなれるはずもない。

お互いの刑事としての資質はある程度認め合いながらも、決してそれを表立って褒める、ということはしない意地っ張り同士。しかし、それぞれにないところをしっかりと補い合える名コンビだと思う。

もしかしたら迷宮入りしてしまうかも、という今回の事件も、二人の粘り強さと執念で運命の女神は犯人に微笑むことはなかった。ただ、犯人を逮捕しても、二人の気持ちは全く晴れなかっただろうけれど、事件というものはそういうものなんだろうな、と思う。犯人逮捕は一つの区切りに過ぎず、失われた時間や亡くなった人が戻ってくるわけではない。ただ、大事な区切りではあるはず。今後の人生を生きていくための。

この二人の反目し合いながらも徐々に打ち解けていきそうな雰囲気は、今後の展開が楽しみである。再度、この名コンビとどこかで会いたいと思う。

しかし、副題に”女刑事 音道貴子”とあるのは、いつも違和感を感じるのだけど、女であることを協調したいんだろうか。

▼▼第115回直木賞受賞作品 『凍える牙』はこちら▼▼

2014/07/30

『諦める力』で前向きに生きるコツ。

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やってもできないことがある。

為末氏の、一歩引いた冷静なつぶやきが好きでTwitterをフォローしていたが、著書を読んだのは初めて。
140字でも人柄は出るもの。なんとなく想像していたのと変わらない文体だった。

副題の〜勝てないのは努力が足りないからじゃない〜というのは、決して努力しないでいいとか、そのままのあなたでいいよ、ということではない。
世の中には努力だけではどうにもならないことがあり、それを自分で見極めて勝てないフィールドでいつまでも努力するのではなく、「何が勝ちなのか」を見誤らないことが大切だ、ということ。

努力は必ず報われる?

人があまり認めたくない、直視したくない事実、「人間に優劣はないが、能力に優劣はある」ということ。これを認めることがむしろ気を楽にするのではないか。できないことは、どれほど努力をしてもできない。つまり、できない、勝てないのは努力が足りないのではなく、そもそもできないことを無理してやっているのではないか、ということ。

「努力すればできる」「君には無限の可能性がある」
その考え方を頭から否定しているのではなく、それはそれで素晴らしい考えでもあるけれど、そうでない場合がある、ということを念頭においておくべきだ、と言っているのだ。

「どこで勝つか」より「何が勝ちか」をはっきりさせておくことが、自分が本当に勝ちたいフィールドでの勝利につながるのだ。

どこかのタイミングで、「自分はこんなものでしかない」ということを一度受け入れなければならないということだ。

この考え方は、子育てにおいてとても大切だと思いました。
子どもにはついつい大人の夢を押し付けがち。しかし、できないことは本人の努力不足ではない場合もある、ということを大人が知っていないといけない。

できないこと、無理なことをはっきりと伝えるのもやさしさというものだろう。

その幻想が、生きるのを辛くさせる

努力は無駄にならない。
努力すれば必ず結果が出る。
その幻想が、さらに人を追い込んでいく。

もちろん努力は大切だし、努力しなければ結果は出ない。
しかし、正しい方向に、正しい量の努力をしなければ、結果は出ない。

そこを見極めることなく、結果が出ていない人に「努力不足」の烙印を押し、追い込んでいくことで、生きづらさを感じる人が多いのではないだろうかと思う。

2014/07/28

映画化したのかこれを、と驚いた『果てしなき渇き』

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ちょっと、胸が悪くなるよ・・・

衝撃的なプロローグから胸をえぐられるようなあらゆる暴力のオンパレード。「このミス大賞受賞」という帯にひかれて買ってみたものの、何度途中で読むのをやめようと思ったか。

元刑事の藤島は元妻からの連絡で行方不明になった娘を捜し始めます。しかし、元刑事とは思えないほどあまりに常識はずれで暴力的で、しかもなんだか性欲の固まりのようなこの男にまったく共感ができません。親ならもっと他の心配の仕方があろうかとも思いますが、離婚したのも警察を辞めるはめになったのも自業自得だと納得するほどまあ中身はぼろぼろの男ですね。

映画では、この男を役所広司さんが演じるのね。

しかも描かれているのは、世の中の悪という悪を集めたかと思えるような裏社会。こんなものがほんとにあったらどうしよう、あるとするなら、死ぬまでそんなものとは無縁でいたいと思う、言葉では表現しきれない不快感があります。

この話に、救いはあるんだろうか。

それでも読んでしまったのは、娘の加奈子がどうしてそんな裏社会とつながりをもつようになってしまったのか、どうしてそこまで冷徹な人間になってしまったのか、3人の子をもつ親として興味があったからかもしれません。

この小説の行き着く先は、どこかにほんの少しでも救いはあるのか、吐き気がするほどの暴力描写に耐えながら(笑)最後まで読んで・・・
せっかく買った本を途中でやめることはほとんどないので、がんばって最後まで読みました。

ああ、全てはこの最後のページのためだったんだな、と納得しました。この父親はとんでもない馬鹿で救いようのない親父だと思いますが、この男なりに娘を愛していたんだとわかりましたよ。

激しい暴力描写はとてもとても、と思う方にはおすすめできないんですが、ただ、読み始めたら最後まできちんと読んだ方がいいと思います(途中でやめると不快感だけが残るので)。最後まで読むと、ほんのちょっとだけ気持ちが持ち直しますよ。

映画は大筋原作通りのようですが、どうだろう、何を表現したいのか正直よくわからんです。たぶん、見に行かない。

2014/07/18

世の中の問題は大人の問題。大人が問題。

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おかあさん、肩の力が抜けるかもよ。

『みんなうんち』の五味太郎さんのエッセイです。
表紙には、「大人」と「問題」のあいだに「は」「が」「の」とあります。
「大人は問題」
「大人が問題」
「大人の問題」
そう、この世の中の問題は、大人側の問題だということです。

子育てを始めて十数年たちました。
子どもを取り巻く環境はあまり変わっていないと思います。
そんな中で子育てをしている私としては、何をどうしたらいいのか、考えてはみるけれど明確な答えは出ないし、それを教えてくれる人もいません。

この本に出会ったのは長女が3歳くらいのとき。
残業できない仕事のペースがつかみきれず、自我の芽生え始めた娘に当たり散らす毎日。
八方ふさがりだった時にこの本を読んで肩の力が抜けたというか、眉間のしわがなくなったような気がします。

子どもは馬鹿じゃないんだよね

子どもは大人が思っているほど馬鹿でもないし、無知でもないし、おろかでもありません。
大人を鋭い目でよ~く観察しています。
自分が子どもの頃はそれを知っていたはずなのに、いつから忘れてしまうのでしょう。
子どもはこういうものだと決めつけ、あれこれ自分の尺度で物事を押し付ける大人たち。
今の大人が、その尺度を捨てることができたら、大人も子どもも楽しく暮らせる世の中になるんじゃないか、と思います。

もちろん、この本をまねして子育てしようと思っているわけではありませんが(たぶん、まねしようとすれば、それはここに書いてある”いけない大人”になりそうです)、とても新鮮な考え方が参考になりました。

子どもだから、と決めつけずに

私にとって目から鱗だったのは、憲法に定められている「義務教育」のこと。これを今まで「子どもは教育を受ける義務がある」と思っていましたが、実は親が「子女に普通教育を受けさせる義務」の規定だったのですよね。子どもにあるのは「教育を受ける権利」なのです。法学部を出ておきながら、こんな基本的なことを忘れていました。
もしも子どもが学校に行きたくないと言ったら、普通の親はきっと「義務教育だから学校には行かなくてはいけない」と言うのでは。まあ、義務じゃないから行かなくていいよ、とは言わないまでも、このことが頭にあったら、接し方が変わるんじゃないでしょうか。

五味さんのお子さんは不登校になったそうなのですが、無理して学校へは行かせなかったのだとか。
ただし、今の日本で人と違った生き方をするならそれはとてもエネルギーのいることだと教えたとのこと。
大人だから、子どもだからと物事を決めつけずに、こんな風に相手を一人の人間として敬意を持って接することができれば、それを見た子どもは自然に自分や他人の大切さというものを理解していけるのではないかと思いました。

すべての子どもを持つ親に読んでみてもらいたい本です。

2014/07/17

今こそ日本の美を見直すための『陰影礼讃』

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日本は陰の文化

文豪のエッセイ、初体験

今こそ、日本の素晴らしさを見直そう。
なんてのは、気持ち悪くて嫌いなんだけど。
冒頭から数ページ読んで、はー、なんと素晴らしい本なのだ、と感じた。
ただ単に、西洋文化を頭から否定して、東洋文化、ことに日本文化を絶賛する、という底の浅いものではないよ。

西洋文明の便利さは否定しないし、いまさら江戸時代には戻れないし、戻るつもりもないけれど、気候風土、そこに住む人の性質、何もかもが違うところに異質な文化をそのまま持ち込んでも、まったくしっくりこない。便利さを取り入れるにしても、もう少し日本文化の奥深さを損なわないようなやり方はないものか、ということなんだと思う。

これは、今の日本にも当てはまることなのではないだろうか。
パソコンもスマホも便利だ。インターネットは言うに及ばず。
古き良き時代とはいえ、今更昭和に戻れるかというとそれは難しいだろう。
しかし、何でもかんでも新しいもの、欧米で主流のものをそのまま日本に持って来ても、やはりしっくり来ないことは山ほどあるのでは。

トイレ好き?

それにしても、ここまで「トイレ」について熱く語る文豪もいるまい。
日本のトイレ(厠)は自然にとけ込み、瞑想の場として最も適している、と。
なにせ、トイレの話に1章割いているのだから。
その他、日本家屋の暗さはその気候風土に起因するものであるし、漆器や工芸品の美しさ、はたまた女性の美についても日本の”陰影”とは切っても切れないもの、闇があってこその美しさであると説く。
なるほどね、とうなずきたくなることばかりなのだが、今の世の中にも同じことがいえるのではないか。

今更電化製品のない不便な生活に戻ることは不可能だが、文化というのはその土地の気候風土や歴史とは切っても切れないものである。欧米一辺倒でなく、もう少し日本独自の文化を大切にできたら、日本人が日本という国のよさを再認識できるのではないか、と思った。

2014/07/16

お弁当のおかずたちのマラソン大会。さて1位になるのは?

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1位になるのは、どのおかず?

関西弁て、けんかも柔らかくなっちゃうの。

この独特の世界観、絵のタッチが好き。
実はこの方、食べ物や素材を描かせたらとても面白いのだけど
人物はあまりうまくないのね。
だからこういった”お弁当の具”なんかはもってこいな素材なの。
そして、関西弁。
関西弁て、けんかをしてもどこかユーモラスというか、
人を傷つけない言葉だと思う。
おかずたちが関西弁でけんかしたりするのが子どもには受けるようです。

全3話。

なぜかお菓子まで登場。

第1話はお弁当のおかずたちのマラソン大会。
それぞれの”具の特徴”を生かした走りが面白い。
お弁当といえば、おにぎりやウインナー、卵焼きといったところが定番だが
そこに「これおかず?」というものまで紛れ込んできて、おかず同士の小競り合いも面白い。
さて、トップでゴールするのはいったいだれなのか・・・。

金魚を食べようとしたばっかりに。

2話目は『ネコ大災難』。
おなかをすかせたネコが金魚を食べようとしたことから始まる逃亡劇。

このネコは、第1話でも出て来るのです。
お弁当のおかず(魚)を狙ってマラソンに乱入するも、
他のおかずたちにやられてしまうという、
ある意味自業自得な目にあって退散します。

そのネコが金魚鉢の金魚を食べようとしたところ・・・

息子が保育園時代、一番好きだったお話。
ネコが必死で大きな金魚から逃げる様子が面白いのだそう。
こちらもネコの必死さが出るように、と思って読みましたとも。

ねこ3

さて、無事に目的地にたどり着くのか。

最後は、マラソンに登場したおかずたちの遠足。
マラソンをがんばったご褒美に、特急に乗ってぽこぺこ山まで遠足です。
仲良く出発したと思ったら、電車の中でおかずたちの喧嘩が始まり・・・
ここでも「おかず?」といったキャラが登場。
さて、無事にたどり着けるのか。

なんといっても”絵”が最高ですね。
油絵タッチのおかずたちのリアルさと、話の軽さ、面白さとのミスマッチ感がおもしろいのです。

子どもに読むときには、”真剣に”読んで下さいね。
関西弁ができなくても。
おかずたちの必死さが伝わるように読むと、子どもが喜ぶこと間違いなしです。

2014/07/12

落書きがもっと楽しくなる、『ラクガキマスター』

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ラクガキはアートなのだ!

落書きって、楽しいなあ♪
そんな風に思ったことはありませんか。

歴史の教科書の写真にひげを描いてみるとか
教科書のページの端にパラパラ漫画を描いてみたり。

誰でもなにかしら、落書きの経験てあるのではないでしょうか。

この本は、その”ラクガキ”を一段パワーアップさせようという、
ラクガキのトレーニング本です。

「木」って、どう描く?

たとえば「木」を描くとき、どう描きますか。
広葉樹なら、なんとなくもこもこしたものに幹をつけてみる。
針葉樹なら三角形が重なったような形に、同じように幹をつけてみる。

このトレーニングでは、広葉樹は傘をイメージして描くんです。
たくさんの傘が幹にくっついているイメージ。
そうすると、枝ごとの固まりの表現ができるようになり、
さらに枝と枝の間のスキマを描くことにより立体感が出てきます。

針葉樹の場合は犬のしっぽ。
上から下に向かってだんだん大きくなる犬のしっぽで
あのツンツン感を表現します。

形をとらえるには、何かに例えるのがいいそうですよ。

人の書き方も、骨盤を中心に描いていくことで
様々な姿勢が表現できます。

いやあ、ラクガキってアートなんだなあ。
そんな風に思える1冊。
たかがラクガキ、されどラクガキ。
ラクガキすることがもっと楽しくなる本です。


 

こちらもとてもおもしろいのです。世界各国の死のカタチ。
死者の弔い方は死後の世界のイメージに大きく左右されるんですな。
亡くなった方をその世界にどう連れて行くか、ということです。

日本人の死因、意外にも「家の中で転倒」が多かったのが驚き。
歳を取ったら気をつけねば。

2014/07/08

『ツナグ』というタイトルの意味。

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突然この世を去ることになったら、どうだろうか。
心残りがたっぷりあって、誰かに会いたいと思うだろうか。

この作品は、死者とこの世の生者とをつなぐ、その名も「ツナグ」という”職業”のお話。
ある電話番号に電話をかけて依頼すると、亡くなった人に会えるというもので
指定された場所にいくと亡くなった人が待っている。
生前と同じ姿で。
タイムリミットは朝。
ただし、亡くなった人が別の人に”ツナグ”を依頼されていたらもう会うことはできない。
亡くなった側も、生者に会いたいと言われても、会えるのはたった一度。
2人以上は会えないというシステムになっているとのことだ。

「死」がからむと、「泣かせよう」とする話が多かったりするけれど、この作品は、そういうものとはちょっと違う。
泣かせようとはしていない。

私だったらどうするかな。死んだ側ならだれに来てほしいかな。
子どもには会いたいけど、1回しか使えないその権利は別で使ってほしいと思うかな。
ならばやっぱり夫に会いたいかな。
生きてる側なら誰に会いたいと思うかな。
1回しか使えない、その切符をどう使うかな。
そもそも、死んだ人に会うことがいいことなのかどうなのか。
わからないままの方がいいこともあるんじゃないか。

この1冊で、いろんなことを考えた。

たとえば、何かがうやむやなまま誰かが亡くなってしまったとしても
それを明らかにすることがいいことなのかどうか、
知らないままでいることも幸せなのではないか。

この世とあの世との違いを生きながら見せられたような気がした。
あの世に行くってことは、いろんな心のこりを引きずっていくんだろうなと思う。
自分自身の人生んは満足していたとしても
やはり残された家族や大切な人のことは気にかかるだろうから。
どんなことがあろうとも、今ここに生きていることを大切にしないといけないなと思った。

この作品は映画化もされているのね、
松坂桃李さん主演です。
うん、本の中の主人公よりは年がいってるけど
イメージはまずまずあっているのではないかと思います。
(実はまだ見ていないのだ。)

これはぜひTSUTAYAに行って借りてこなければ、と思っております。

2014/07/06

丸くなくてもいいんだよ。全てできなくてもいいんだよ、そんな『ぼくを探しに』

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『ぼくを探しに』 シェル・シルヴァスタイン/倉橋由美子 講談社

パックマンのような姿の主人公が、自分のかけらを探して歌いながら旅をする。絵本のような、絵本でないような不思議な作品。絵がたくさんあるわけではないけれど、小さな子に読んであげても十分中身は伝わります。

ラッタッタ、ラッタッタ♪途中、いろんなものに出会い、やっとのことで自分にぴったりのかけらを見つけるが。。。完璧になったはずなのに、それによって大事なものを失ってしまう。そのことで、ほんとの自分の姿=あるべき姿に気づくのです。

この本を初めて読んだとき、あー、これこそが人生なんだなあ、と肩の力が抜けたような気がしました。若い頃は、今の自分はほんとの自分じゃない、というような気持ちを感じることが多いと思いますが、それでいいんだなあと思いました。どこかかけていることも必要なんじゃないかしら。何かを探して、もがいて、冒険して、いろんな経験をしていく中で、ある日「あ!そうか。」と大事なことに気が付くのかもしれません。

この本には、子供の絵本の域を超えた、もっと深いものを感じます。いろんな世代の人に、繰り返し読んでほしい。単純な絵と構成だからこそ、無理なくその世界に入っていけますね。

私は友達に子供が生まれるとこの本をプレゼントしています。もちろん自分の娘にも買いました。小さいときは、このなんとなくのほほんとした絵を楽しむだけでもいい。大きくなるにつれて、自分の解釈でこの本を楽しんでほしいと思っています。

2014/07/06

小説ならではの作品だと思っていたら映画も面白かった『ハサミ男』

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『ハサミ男』殊能 将之 講談社文庫

この不穏なタイトル、とても期待してページを最初にめくったのは2005年。今読み直してもおもしろい。

読んだあとに、この小説が映画になる、と聞いて驚いた。

この作品は著者のデビュー作で(これがデビュー作!?という出来。さすが1999年メフィスト賞受賞作)読んだことのある人ならばわかると思いますが、これをどうやったら、映像化できるんだろうと考えましたよ。最初に読んだときには、小説ならではの楽しみというか、映像では絶対に表現できないおもしろさだろうなあと考えていたから。

結構厚い本ですが、先が気になってスイスイ読めてしまいます。メインテーマは、刃の先をわざわざ研いで細らせ、それを首に突き立てるという「猟奇殺人」ですから結構えぐいのですが、捜査をする刑事さんなどが結構憎めないキャラクターだったりして、楽しく読むことができるのです。

私が想像したハサミ男は・・・色白、少し小太り、メガネをかけてる、年齢は20代からいっても30少し過ぎたくらい・・・そう、秋葉原なんかによく通ってそうな風貌。なんとなく、猟奇的な殺人犯にぴったり!?普段はおとなしくてどちらかというと目立たない、いわゆる「普通の人」。たぶんこれを読んだ人はそんな感想を持つのではないかなあ。

捜査をする刑事の視点と、ハサミ男の視点の両側から話が進んでいきます。同じ場面でも見る角度が違うとおもしろいものです。ハサミ男は自分がやっていない殺人が「ハサミ男」の仕業としてマスコミに取り上げられ、真犯人を探そうとするのですが、なんだか自分がハサミ男になったような気分で読めたりして。

映画の方は、賛否両論ですね。映画は映画として面白いけど、やはりこの作品のすごさを映像化するのはちょっと難しかったのかなと思う。しかしながら「別物」として見れば、ハイ有人の演技も素晴らしいので、それなりに楽しめるのではないかと思います。

映画には麻生久美子さんが出演してらっしゃいますが、麻生さんといえばこちらの作品もとてもいい作品ですよ。

『夕凪の街、桜の国』

2014/07/06