Category Archives: エッセイ

自分の自由も人の自由も大切にする生き方。それが『ひとりぼっちを笑うな』。

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人付き合いが下手で生きづらさを感じている人へ

これはkindleで読みました。
たくさんハイライトしてしまった。
うんうん、そうそう、と思うところがたくさんありました。

久々に、いい本を読んだなあと思いました。
それから、そうか、私の感じていたことはこういうことだったんだ、と人の口から聞いて自分のこころの中がわかったような気がしました。
周りから見ると、人付き合いが苦手には見えなそうな人でも意外とこころの中は違ったりしますよね。
ほんとうは人付き合いに苦痛を感じている、無理をしている、という方にぜひ読んでいただきたいと思いました。

自分の時間も、人の時間も大切に

一人が好き。
自由が好き。
だけどそれは、人と一切コミュニケーションをしたくない、とイコールではないのです。
決して、孤独を愛しているわけではないのです。

自分の時間を大切にしたい、だから人の時間も大切にする。
だけど人間嫌いではないので、人とのコミュニケーションも取りたい。
とはいっても、集団で群れたり、無理してまで誰かと一緒にいる必要性は感じない。
あくまでも、お互いのタイミングがあった時に、お互いの自由を束縛しない程度にコミュニケーションを取りたい、ということなのですが、もしかしたら”誰かと常に一緒にいないと不安な人”や”スケジュールが常に埋まっていないと不安な人”からは理解されないかもしれません。

でもいいのです。

ひとりでもいいじゃない

友達がたくさんいることがいいとされる風潮に生きづらさを感じている方、ぜひこの本を読んで、「人には人それぞれの生き方がある」ということを再認識されるといいと思います。

人に迷惑をかけないことをポリシーのひとつとする蛭子さんの様に、自分の生き方を大切にし、他人の生き方も尊重する、ということが本当の自由な生き方なのだと思いました。



2014/09/23

電車で読むのは危険な『人生激場』

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劇場じゃないよ、激場だよ

タイトルがいいでしょう♪

私も妄想家であるが、この人は筋金入りの、しかも愛すべき妄想家だ。
とにかく、電車で読むのは危険な1冊である。

サッカー・イングランド代表のシーマンに始まり、ドイツのカーン、アントニオ・バンデラスなど数々の美しい男たちに思いを馳せる(基本的には胸毛のあるラテン系の美男子がお好きらしい)。
夏のリゾートでは、海の男とのひと夏のバカンスを夢見ながらも見事に砕け散る。

個性的な友人たちとの関わりも楽しいし、この人にかかると、ありふれた日々の出来事がすべて面白おかしい出来事に変化してしまうから不思議だ。

電車で読むには吹き出しに注意。

時たまぷはっと笑ってしまうところがあるので、人目のあるところで読むなら注意が必要。洗剤のCMひとつとっても、そこまで深く読めるのか!とその着眼点の素晴らしさを賞賛せずにはいられない。

妄想家にとってはその思いを共有でき、かつ、ああ、この人とじかにお話ししてみたい、と思わせてくれる、シュールなエッセイでした。

これと対比して読むのにオススメなのは、『天国旅行』。
人生に絶望した人たちの短編集。
重苦しい話のはずなのに、どこか救いを感じるのは筆者のあたたかみか。

同じ作者の作品とは思えないぞ。

2014/09/08

『諦める力』で前向きに生きるコツ。

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やってもできないことがある。

為末氏の、一歩引いた冷静なつぶやきが好きでTwitterをフォローしていたが、著書を読んだのは初めて。
140字でも人柄は出るもの。なんとなく想像していたのと変わらない文体だった。

副題の〜勝てないのは努力が足りないからじゃない〜というのは、決して努力しないでいいとか、そのままのあなたでいいよ、ということではない。
世の中には努力だけではどうにもならないことがあり、それを自分で見極めて勝てないフィールドでいつまでも努力するのではなく、「何が勝ちなのか」を見誤らないことが大切だ、ということ。

努力は必ず報われる?

人があまり認めたくない、直視したくない事実、「人間に優劣はないが、能力に優劣はある」ということ。これを認めることがむしろ気を楽にするのではないか。できないことは、どれほど努力をしてもできない。つまり、できない、勝てないのは努力が足りないのではなく、そもそもできないことを無理してやっているのではないか、ということ。

「努力すればできる」「君には無限の可能性がある」
その考え方を頭から否定しているのではなく、それはそれで素晴らしい考えでもあるけれど、そうでない場合がある、ということを念頭においておくべきだ、と言っているのだ。

「どこで勝つか」より「何が勝ちか」をはっきりさせておくことが、自分が本当に勝ちたいフィールドでの勝利につながるのだ。

どこかのタイミングで、「自分はこんなものでしかない」ということを一度受け入れなければならないということだ。

この考え方は、子育てにおいてとても大切だと思いました。
子どもにはついつい大人の夢を押し付けがち。しかし、できないことは本人の努力不足ではない場合もある、ということを大人が知っていないといけない。

できないこと、無理なことをはっきりと伝えるのもやさしさというものだろう。

その幻想が、生きるのを辛くさせる

努力は無駄にならない。
努力すれば必ず結果が出る。
その幻想が、さらに人を追い込んでいく。

もちろん努力は大切だし、努力しなければ結果は出ない。
しかし、正しい方向に、正しい量の努力をしなければ、結果は出ない。

そこを見極めることなく、結果が出ていない人に「努力不足」の烙印を押し、追い込んでいくことで、生きづらさを感じる人が多いのではないだろうかと思う。

2014/07/28

世の中の問題は大人の問題。大人が問題。

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おかあさん、肩の力が抜けるかもよ。

『みんなうんち』の五味太郎さんのエッセイです。
表紙には、「大人」と「問題」のあいだに「は」「が」「の」とあります。
「大人は問題」
「大人が問題」
「大人の問題」
そう、この世の中の問題は、大人側の問題だということです。

子育てを始めて十数年たちました。
子どもを取り巻く環境はあまり変わっていないと思います。
そんな中で子育てをしている私としては、何をどうしたらいいのか、考えてはみるけれど明確な答えは出ないし、それを教えてくれる人もいません。

この本に出会ったのは長女が3歳くらいのとき。
残業できない仕事のペースがつかみきれず、自我の芽生え始めた娘に当たり散らす毎日。
八方ふさがりだった時にこの本を読んで肩の力が抜けたというか、眉間のしわがなくなったような気がします。

子どもは馬鹿じゃないんだよね

子どもは大人が思っているほど馬鹿でもないし、無知でもないし、おろかでもありません。
大人を鋭い目でよ~く観察しています。
自分が子どもの頃はそれを知っていたはずなのに、いつから忘れてしまうのでしょう。
子どもはこういうものだと決めつけ、あれこれ自分の尺度で物事を押し付ける大人たち。
今の大人が、その尺度を捨てることができたら、大人も子どもも楽しく暮らせる世の中になるんじゃないか、と思います。

もちろん、この本をまねして子育てしようと思っているわけではありませんが(たぶん、まねしようとすれば、それはここに書いてある”いけない大人”になりそうです)、とても新鮮な考え方が参考になりました。

子どもだから、と決めつけずに

私にとって目から鱗だったのは、憲法に定められている「義務教育」のこと。これを今まで「子どもは教育を受ける義務がある」と思っていましたが、実は親が「子女に普通教育を受けさせる義務」の規定だったのですよね。子どもにあるのは「教育を受ける権利」なのです。法学部を出ておきながら、こんな基本的なことを忘れていました。
もしも子どもが学校に行きたくないと言ったら、普通の親はきっと「義務教育だから学校には行かなくてはいけない」と言うのでは。まあ、義務じゃないから行かなくていいよ、とは言わないまでも、このことが頭にあったら、接し方が変わるんじゃないでしょうか。

五味さんのお子さんは不登校になったそうなのですが、無理して学校へは行かせなかったのだとか。
ただし、今の日本で人と違った生き方をするならそれはとてもエネルギーのいることだと教えたとのこと。
大人だから、子どもだからと物事を決めつけずに、こんな風に相手を一人の人間として敬意を持って接することができれば、それを見た子どもは自然に自分や他人の大切さというものを理解していけるのではないかと思いました。

すべての子どもを持つ親に読んでみてもらいたい本です。

2014/07/17

今こそ日本の美を見直すための『陰影礼讃』

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日本は陰の文化

文豪のエッセイ、初体験

今こそ、日本の素晴らしさを見直そう。
なんてのは、気持ち悪くて嫌いなんだけど。
冒頭から数ページ読んで、はー、なんと素晴らしい本なのだ、と感じた。
ただ単に、西洋文化を頭から否定して、東洋文化、ことに日本文化を絶賛する、という底の浅いものではないよ。

西洋文明の便利さは否定しないし、いまさら江戸時代には戻れないし、戻るつもりもないけれど、気候風土、そこに住む人の性質、何もかもが違うところに異質な文化をそのまま持ち込んでも、まったくしっくりこない。便利さを取り入れるにしても、もう少し日本文化の奥深さを損なわないようなやり方はないものか、ということなんだと思う。

これは、今の日本にも当てはまることなのではないだろうか。
パソコンもスマホも便利だ。インターネットは言うに及ばず。
古き良き時代とはいえ、今更昭和に戻れるかというとそれは難しいだろう。
しかし、何でもかんでも新しいもの、欧米で主流のものをそのまま日本に持って来ても、やはりしっくり来ないことは山ほどあるのでは。

トイレ好き?

それにしても、ここまで「トイレ」について熱く語る文豪もいるまい。
日本のトイレ(厠)は自然にとけ込み、瞑想の場として最も適している、と。
なにせ、トイレの話に1章割いているのだから。
その他、日本家屋の暗さはその気候風土に起因するものであるし、漆器や工芸品の美しさ、はたまた女性の美についても日本の”陰影”とは切っても切れないもの、闇があってこその美しさであると説く。
なるほどね、とうなずきたくなることばかりなのだが、今の世の中にも同じことがいえるのではないか。

今更電化製品のない不便な生活に戻ることは不可能だが、文化というのはその土地の気候風土や歴史とは切っても切れないものである。欧米一辺倒でなく、もう少し日本独自の文化を大切にできたら、日本人が日本という国のよさを再認識できるのではないか、と思った。

2014/07/16